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愛知県名古屋市 名古屋城(外観復元天守)

愛知県名古屋市中区本丸1番1号 :現在たっているのは 復元された天守閣です。

復元天守:鉄筋コンクリート造、地上7F 地下1Fの大天守閣と 地上3階地価1Fの小天守閣

名古屋城に現存する三つの隅櫓(すみやぐら)「東南(辰巳)」「西北(戌亥・清須)」「西南(未申)(ひつじさる)」

三つの門(表二之門、旧二之丸東二之門、二之丸大手二之門)と本丸御殿障壁画の大部分は重要文化財

 

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概要:

名古屋城パンフレットから引用 ***ここから***

、清須(現清洲市)から名古屋へ遷府を決定し、加藤清正・福島正則・前田利光など
北国・西国の諸大名20名に普請(土木工事)を命じ、天守閣や諸櫓の作事(建築工事)は、慶長17年(1612)にほぼ関しえした代表的な平城です。
・・・・中略・・・・・
第二次世界大戦中の昭和20年(1945)5月、名古屋大空襲の際、大小天守閣・本丸御殿はじめ建物のほとんどを消失しましたが、幸いにもる三つの隅櫓(すみやぐら)「東南」「西北」「西南」、三つの門(表二之門、旧二之丸東二之門、二之丸大手二之門)と本丸御殿障壁画の大部分は重要文化財として現在に伝えられています。
昭和34年10月 天守閣が再建されました。

***ここまで***

 このページで書かなくても詳しいサイトがありますので参考URLを知りしておきますね。→ 名古屋城公式WEBサイト

天守閣:(復元)

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内部の展示や風景

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表二之門(現存遺構)

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旧二之丸東二之門

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東南隅櫓(現存遺構) ※2007年11月11日は、櫓内部の公開日でした。

名古屋城 東南隅櫓について 見学会資料より引用  ***ここから***

 名古屋城に現存する三つの隅櫓(すみやぐら)「東南(辰巳)」「西北(戌亥・清須)」「西南(未申)(ひつじさる)」「東北櫓は昭和20年の戦災で消失」のひとつ。
本櫓は、名古屋城創建(1612年)当時の原型を伝える建物で、外観は二層だが、内部は三層となっている。
櫓一回の西面、及び北面に多門への出入り口となっていた引き戸部分が残されている。(外側は塗壁)。屋根は入母屋(いりもや)本瓦葺きで鬼瓦(おにがわら)などには葵の紋がみられ、窓部分外側に入子水抜が設けられている。
櫓は城郭を後世する重要な建物で、城地の四隅の石垣上に建てられたものを隅櫓という。
最初は物見(展望)として作られたが、防戦や食料、武器の貯蔵施設の役割も果たした。  

***ここまで***

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西南隅櫓(現存遺構)

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西北隅櫓(現存遺構)

西北隅櫓(重要文化財) ***現地カンバンより引用ここから***

別名を戌亥隅櫓(いぬいすみやぐら)とも清須櫓ともいう、
屋根三層、内部三階で、最上層は入母屋(いりもや)造り本瓦葺で、他の建物の古材を多く用いて建てられた。

一回の外壁の西面・北面に出張った落狭間(石落とし)を設け、屋根を千鳥破風(ちどりはふ)にして擬装している。
現存する隅櫓と違って、内側の東面・南面にも破風を設け荘重で安定感がある。

NorthwestTower(Important Cultural Asset)

Also called Inui Tower of Kiyosu Tower, the Northwest Tower is a three-story
structure with a roof at eachi level. The top layer, designed in the "irimoya" style, is covered with tiles.
Many materials taken from other structures were also used in building this tower.

***ここまで***

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2009年11月 隅櫓公開時の記事

お堀や石垣の刻印

***現地カンバンより引用ここから***

石垣の刻銘
石垣の築造は丁場割(ちょうばわり)に基づき加藤清正はじめ二十の諸大名に分担させたものである。

天守閣の石垣は清正一手の築造であり、その四箇所の隅石には銘石をしようし担当した家臣の名を刻んでいる。
なお東北隅北面石には、「加藤肥後守内小代下総」と刻銘されている。

***ここまで***

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↑ ↑ ↑ 石垣の刻銘
石垣の築造は丁場割(ちょうばわり)に基づき加藤清正はじめ二十の諸大名に分担させたものである。

天守閣の石垣は清正一手の築造であり、その四箇所の隅石には銘石をしようし担当した家臣の名を刻んでいる。
なお東北隅北面石には、「加藤肥後守内小代下総」と刻銘されている。

清正石

↑ ↑ ↑ 清正石

東一之門跡

↑ ↑ ↑ 東一之門跡

東一之門は搦手門(からめて)の枡形(ますがた)の内門で、構造は屋根入母屋造り本葺(いりもやづくり)、上層は総塗籠造り(そうぬりごめ)右脇小門の門戸付きの櫓門(やぐら)であった。表一之門と殆ど同じ構造であったが、昭和20年戦災で消失した。

パンフレット

名古屋城パンフレットから引用 ***ここから***

清須(現清洲市)から名古屋へ遷府を決定し、加藤清正・福島正則・前田利光など
北国・西国の諸大名20名に普請(土木工事)を命じ、天守閣や諸櫓の作事(建築工事)は、慶長17年(1612)にほぼ関しえした代表的な平城です。
・・・・中略・・・・・
第二次世界大戦中の昭和20年(1945)5月、名古屋大空襲の際、大小天守閣・本丸御殿はじめ建物のほとんどを消失しましたが、幸いにもる三つの隅櫓(すみやぐら)「東南」「西北」「西南」、三つの門(表二之門、旧二之丸東二之門、二之丸大手二之門)と本丸御殿障壁画の大部分は重要文化財として現在に伝えられています。
昭和34年10月 天守閣が再建されました。 ***ここまで***

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