鈴鹿タウンガイド

旧東海道の宿場町:鈴鹿石薬師宿

鈴鹿にある宿場町 庄野宿のとなりの宿が石薬師宿で 四日市の追分で 伊勢街道と東海道に分岐し  江戸(東京)から京都に向かう人々が沢山利用していたのかなと思います。

現地カンバンより引用ここから*** 東海道石薬師宿は元和に年(1616)幕命によって設立された宿の名は当時有名であった石薬師寺からとった。大名の泊まる宿を本陣といい、小沢家がこれを勤めた。屋敷は現在より広がったようである。残る文書も多く元禄の宿帳には赤穂の城主浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の名も見える。国学者萱生由章(かようよりみみ)(1717~75)もこの家の出である。 鈴鹿市

***ここまで 

■小澤本陣跡(おざわほんじんあと)

現地カンバンよりここから***東海道石薬師宿(いしやくししゅく)は元和(げんな)二年(1616)幕命によって設置された。この時から、村名も宿の名も「石薬師」となった。当時、石薬師寺が近郊近在に知れ渡っていたので、寺名をとって村名とした。大名が泊まるところを本陣(ほんじん)といい、小澤家が本陣を勤めていた。石薬師宿は小高い大地にあり小澤本陣のまわりには高い松の木があったので、別名「松本陣(まつほんじん)」ともいうわれていたという。以下略 平成18年(2006)12月 石薬師地区明るいまちづくり推進協議会 ***ここまで

石薬師

石薬師

■石薬師宿の名前のもと 石薬師寺

石薬師

■天野記念館

現地カンバンよりここから***天野修一翁は、この記念館を昭和39年(1964)ふるさと・石薬師本町のために建てられました。天野修一翁はタイムレコーダーで名高いアマノ株式会社の創始者です。前庭にある記念碑の「天野記念館」の文字は天野修一翁の  です。 また天野修一翁は鈴鹿市に小額資金を寄贈して若人の育英にも偉大な功績をあげられています 平成18年(2006)12月 石薬師地区明るいまちづくり推進協議会 ***ここまで

アマノ株式会社のHPから引用ここから***昭和6年(1931) タイムレコーダーの製造を目的として 天野製作所を設立。***ここまで

天野記念館

石薬師文庫

現地カンバンより引用ここから***昭和7年、佐佐木信綱が還暦にあたり旧石薬師村に寄贈したものである。以前からあった土蔵(今も裏側にある)を文庫とし、本建物が閲覧書として建設され、伊勢国学に関する多くの版本や写本などを含む貴重な書籍が贈られた。開所式には、明治の元勲田中光顕、三重県知事などが出席された。本文庫は、神宮文庫と並び紹介されたりしている。現在、地域の図書館として簿ランディぁで運営され親しまれている。***ここまで

石薬師文庫

■佐佐木信綱生家

佐佐木信綱

佐佐木信綱記念館

佐佐木信綱

 




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